エルゴノミクス(ergonomics)とは、人間工学のこと。ストックホルム近郊にオフィスを構えるエルゴノミデザインは、スウェーデンで初めて人間工学を取り入れたデザイン・コンサルティング会社です。世界でもいち早く高齢化社会に入ったスウェーデンは、国立障害研究所を設立するなど60年代から国をあげての高齢者、障害者対策を始めており、その流れの中で1969年にエルゴノミデザインが生まれました。今では世界中のメーカーとデザイン開発を行い、機能的で美しいデザインはIDEAやグッドデザイン賞をはじめ、さまざまなデザイン賞を獲得。2002年9月には、日本支社を設立しました。
ダーグさん本人はデザイナーではありません。20年ほど前に来日し、最初は技術系やデザイン関連のライターをしていました。その後スウェーデン大使館で二等書記官を務め、スウェーデンデザインを紹介する展示会などに関わるうち、エルゴノミデザインの一員である工業デザイナー、マリア・ベングソン氏に出会いました。
「私はもともと日本のオーディオが好きで、デザインに興味をもって日本に来たんですが、実際に来てみて日本のデザインには何かが足りないと思いました。日本メーカーは生産技術も優れているし、商品管理もパーフェクト。あとはデザインがよければ言うことない。日本のデザインに足りないのは機能性です。それは、ぜひスウェーデンから学ぶべきだと思いました」
エルゴノミデザインには現在35人のデザイナーがいますが、その半分はデザインの大学だけでなくエンジニアの大学も出ているとのこと。「デザインとは、外見のことだけではありません。誰がどこで、どのように使うのか?今まではどんな形のものが使われていたのか? その問題点は? とユーザースタディをしていけば、自然に必要な形が生まれる。デザインには、問題を解決する力があるんです」とダーグさんは強調します。
 |
ファイザー社の成長ホルモン注射器 (Genotropin Pen)
針を意識させない注射器。医療器具とは思えない可愛らしさ |
エルゴノミデザインが手がける製品は、医療関連が4割を占めています。成長ホルモンの投与が必要な子供たちが、自分で使うための注射器はサインペンのような形。針の部分が隠れているので注射器といわれなければわかりません
「いかにも注射器、という形だったら学校や友達のいる場所では使いにくいですよね。これなら注射を打つ時、子供たち自身も針を見なくてすみますし、針をカバーする部分が痛みをやわらげる効果もあるんです」色やイラストのパターンもさまざまで、ストラップも付けられる、まさに子供が喜びそうなデザイン。子供に注射器を選ばせると、まずこれを選ぶ、というのも納得できます。
 |
リウマチ患者のためのパン切りナイフ
関節に障害があっても握りやすく、簡単に切ることができる |
リウマチ患者のために開発したユニークな形状のパン切りナイフは、握力がなくても簡単に切ることができます。実際に患者に使ってもらい、その様子をビデオに収めて研究したり、感想をもとに開発を進めました。
「このナイフはリウマチ患者以外にも広く受け入れられています。障害者の問題を解決することで、健常者にも使いやすい商品ができたのです。30年間モデルチェンジはしていません。頻繁にモデルチェンジをしなければいけないと思っているメーカーが多いですが、人間工学に基づいたデザインはモデルチェンジの必要がないんです」
 |
スカンジナビア航空のコーヒーポット 長めの持ち手が、手や手首への負担を軽減する |
スカンジナビア航空のポットは、残りが少なくなっても注ぎやすく、たれにくいのが特長。揺れやすい機内でも扱いやすく、腕が疲れないと客室乗務員たちが喜んでいるそうです。
「開発には時間がかかりますし、デザインフィーも安くありません。でもこのポットは評判を呼んで、SASは他会社にも卸すようになりました。よいデザインはブランド力を上げ、売り上げにもつながります。これから中国製などもっと安い商品がどんどん出てきて価格だけでは勝負できなくなるでしょう。わたしたちが開発したドライバーは9000円もします。いま100円ショップでもドライバーは売っているし、安い製品は他にいくらでもありますが、このシリーズは年間100万本以上も売れ続けています」
いま現在、日本のメーカーと共同でデザイン開発した製品はまだありません。すでにある商品を評価するなど、研究プロジェクトでかかわることが多いようです。
「日本のメーカーはこちらが出した評価に非常に驚きますね。大きなクレームがなければ今までのやり方をなかなか変えようとしないのではないでしょうか。会社が大きくなるとユーザーとの距離が遠くなってしまう。でも、それでは製品が持つ問題に気づくことができません。いま売れるもの、ではなく『優れたもの』を創って欲しい。そのためにも私たちの存在を恐れるのでなく、ユーザーとメーカーの接ぎ木として利用して欲しいですね」
現在日本ではPRと営業のみ行っていますが、将来的には日本でもデザイナーを採用したいとのこと。
「日本では人間工学がデザインと切り離されているので、一度スウェーデンで学んでくるといいと思います。格好いいだけのデザインは簡単ですが、人間工学は難しい。でも機能を追求したデザインは、自ずと美しくなります」
来年、スウェーデンではデザインイヤーを迎えますが、日本でも大使館で展示会を行うなど、実際にエルゴノミデザインの製品に触れる機会をつくりたいと考えるダーグさん。使いやすく、美しく、問題を解決する力のあるデザインが、今後日本でも広まることを心から期待します。

Go Up |
Top Page
|