スウェーデンのイェーテボリに拠点を置くボルボ・ペンタは、世界をリードするエンジンおよび動力システムメーカーで、船舶用だけではなく産業用の製品も手がけています。レジャー船舶市場で、個人用および小型商業船用の革命的な推進装置を次々と世に送り出してきました。しかし、同社が新しく生み出したIPS(インボード・パフォーマンス・システム)は、これまでの製品とはまったく異なります。
ボルボ・ペンタの革新的な船舶用エンジン推進器「IPS」 |
船外機(ボート後部に取り付けるセパレートユニット)や、船内にエンジンとシャフトを設置した船内外機や船内機とは異なり、IPSは前向きの2重反転プロペラを採用し、推進ユニットを船底部にある2つのポッドに収めています。舵板はなく、2基(3〜4基の設置も可能)の推進ユニットの回転でボートの向きを変えます。排気はユニットの後部を通って、前進するボートのはるか後方に排出されます。またスロットルとシフトは、フライ・バイ・ワイヤーシステムにより電子制御されています。
インボード・シャフト式エンジンに比べ、IPSを搭載したボートは、駆動効率が35%向上したほか、スピードが20%、加速性が15%高まり、自動車並みに操作が簡単になりました。オプションのジョイスティックを設置すれば、回転したり、駐車(停泊)スペースに入れるために真横に進んだりといった操作も可能になります。また燃費を30%改善し、騒音レベルを50%削減することにも成功しています。
「IPSプロジェクトは、船舶オーナーが望む製品と市場に出回っている製品とのギャップが大きくなりすぎているという、基本的な認識から出発しました」。こう話すのは、ボルボ・ペンタのマリンレジャー事業部戦略主任、ジャン・ダールステン氏です。「燃料効率や環境への責任から、快適さ、操作性、船内空間まで、問題点は多岐にわたっていました。従来の船舶の駆動技術は、消費者が望むものより何十年も遅れていたのです。何か革命的なことをしなければならないことは分かっていました」とダールステン氏は続けます。「いくら大幅に改良しても、真の問題を解決することには決してならないだろう、と。パラダイムシフトが必要だったのです」。
しかしIPSの卓越した性能を実現した技術は、すべてがまったく新しいというわけではありません。反転プロペラは18世紀の終わり頃、魚雷に使われていた技術で、けん引式プロペラ(およびポッド)は大型船、特にクルーザーや客船で現在広く使われている推進方式です。プロペラを駆動ユニットの前方に設置し、駆動効率を上げる方法は、航空技術の応用です。ちなみにフライ・バイ・ワイヤーシステムによる電子制御は、航空機では近年一般的になりつつありますが、プレジャーボートで採用されたのはIPSが初めてです。この「ボート」がボルボ・ペンタのキーワードだと、ダールステン氏は言います。
「私たちはエンジンではなく、『ボート』を考えています。こう言うと、今日よくある消費者重視をアピールする単純な声明文のように聞こえるかもしれません。しかし、これにはもっと深い意味があるのです」。その意味とは、ボルボ・ペンタのオフィスからすぐ近くにある海岸へ歩いていけば分かります。イェーテボリにはスカンジナビア半島で最も大きな商業港があり、港の先にはレジャークルージングにぴったりな多島海が広がっています。
日本ではあまり知られていませんが、スウェーデン人はクルージングが大好き。夏の間はスウェーデン国内のどの海岸でも白いヨットや小型船を見ることができます。多くの国では、クルージングはお金持ちのレジャーと思われています。しかし、スウェーデン人は北米の人々の多くと欧州の人々の一部と同じように、プレジャーボートを平均的な収入の人でも十分、手が届くものと考えています。そして、技術への情熱につき動かされているボルボ・ペンタの技術者たちの多くも、スウェーデンの西海岸沖の島々をクルーズするプレジャーボートのオーナーなのです。「それがまさにボルボ・ペンタのDNAとなっているのです」とダールステン氏は言います。
ボートを自由自在に操れるジョイスティック |
IPSが優れた性能を実現した理由について、もう少し説明しましょう。IPSの推進ユニットは、船内から海中へ下方向にシャフトを向けなければならないインボード・シャフト式エンジンと異なり、船が目指す方向に直に推進力を加えることができます。また推進ユニットが舵板の役割も果たしているため、舵の反応が他の方式と比べ非常に正確です。さらに反転プロペラは、操舵や船の動きに影響を及ぼす横からの力を打ち消します。ステアリングとパワーの電子制御により、操縦者はスムーズで簡単な操舵で船の向きを変えられます。
これらの性能を実現に導いたのは、これもボルボ・ペンタDNAの一つと言える、革新性です。IPSプロジェクトがスタートした1997年から製品が実際に発売された2005年まで、IPSプロジェクトの中心として開発に取り組んだ技術者チームのリーダー、レナート・アルビドソン氏は、ボルボ・ペンタの革新的な風土について、独自の見解を持っています。「それは“責任を伴う自由”です。IPSの開発途上に多くの問題があることは明らかでしたが、経営陣は私たちを信頼し、必要なだけ時間をかけさせてくれました。開発中のある時期には、ボルボ・ペンタで働く75%の人々が、このプロジェクトは失敗するだろうと考えていたと思います。しかし経営陣は私たちにさらに時間をくれたのです。これこそ、ボルボ・ペンタの伝統の一部なのです」。 そして、船舶用推進装置の革新的なソリューションを生み出す力もまた、ボルボ・ペンタの伝統の一部だと言えるでしょう。
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