酒井さんがスウェーデンに住むことになったのは酒井さんが高校1年生の時。当時スウェーデンの製薬会社にお勤めだったお父様がリサーチャーとして、2年間の予定でスウェーデンで勤務することが決まったためでした。3歳から5歳までアメリカのシカゴで過ごしたことのある酒井さんは特に不自由もなくストックホルムのインターナショナルスクールに入学します。
家族の日本帰国が決まった2年後、酒井さんはスウェーデンに一人残ることを決心します。さらに当初から希望していたテレコム関係の技術を学ぶため、インターナショナルスクールから公立の工業専門高等学校へ入学し直すことを決めました。19歳の酒井さんはストックホルムで一人暮らしをし、夜間はスウェーデン語を学び、昼間は学校に通うというハードスケジュールをこなしました。
卒業直後、あるセミナーで知り合ったガデリウス・エレクトロニクスの社長にスカウトされ、テクニカル・サービス・エンジニアとして入社。日本の通信機器をスウェーデンの電電公社に納入していた部門でテクニカルサポートの仕事に就きました。数年後、他にも色々な携帯電話の図面を見てみたいとの理由で転職した携帯電話の販売チェーンでは、テクニカルショップで部下をたくさん持つ修理担当部長の職務をこなしました。その後6年の勤務を経て1994年エリクソン社へ入社しました。
― 現在のお仕事の内容を聞かせていただけますか?
「今話題の3G(第三世代)携帯電話システムに関わる仕事なんですが、簡単にいえばその3Gのシステムを評価する為のツールを開発する仕事です。まったく新しい機械を評価するわけですから、これまた全く新しいツールを作る仕事になります。世界中に散らばっている外部の業者にこういう機能を作って欲しいと設計のリクエストを出したり、製品を評価したりといったことがメインの仕事になります。私は無線機器担当で、無線グループのヘッドをやっています。」
「私は技術が好きな人間なので、仕事の大変さは苦にはなりませんが、日本人であるがために、内部はもとより外部からも色々な問い合わせや相談が舞い込むことがあるんです。またそれが全く私の専門外で困る時もあります。スウェーデン人は、日本人は出来がいいと思っているようなんですね。まあ、日本は技術大国のイメージがあるので仕方ないのかもしれませんが、『日本』のブランド力はたいしたもんです。私も頼まれると嫌と言えない性質なのでつい頑張って助けてあげるんですが、同僚達が『困ったときには真哉に聞けばいいよ』なんて言うので参ってしまいます。(笑)」
− スウェーデンでお仕事されて長いですが、いかがですか?
「今の仕事、エリクソンは大きな会社なので一人では仕事になりません。チームで仕事をするわけですが、残業ができないメンバーが多くてプロジェクトが思い通り進まないこともあります。しかし、基本的にスウェーデン人は一緒に仕事がし易いと私は思います。こんなことを言ってはなんですが、イタリア人、ドイツ人、イギリス人などと比べるとスウェーデン人はなんといっても理解が早く、実践的でどこか日本人に似ている気がするんです。また、一度スウェーデン人の同僚の信頼感を得ると後々意見を尊重してくれるし、非常に仕事がやり易くなります。
結構人情味があるんですよね。」
− すごく素敵なオフィスですが、仕事環境についてはどう思われますか?
「日本でも、短期間ですが仕事をいくつかしたことがありますが、スウェーデンのいいところはやっぱりオフィスではないかと思いますね。僕も入社と同時に個室で自分のワークステーションをあてがわれた時はちょっと贅沢じゃないかと戸惑いましたが、このスウェーデンの個人を尊重する気風と、オフィスのデザインや集中力を増せる個室のシステムは最終的に良い結果を招いていると思います。」
休日も間違って出社してしまいそうになることがあるんですよと笑いながらおっしゃる酒井さん。技術畑を好奇心と情熱を持って歩いてこられた紛れもない仕事人間ですが、5歳半になる愛息賢治(ケンジ)君の大好きな日本食を作って奥様のクリスティーナさんを喜ばせているよきパパでもあります。

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