短気で攻撃的。いきなり怒り出して、審判やチームメイトと衝突することもしばしば。相手チームの選手に肘打ちをお見舞いし、5試合の出場停止を受けたことも。「素行には問題があるが、ストライカーとしての比類のない才能と技術は確かだ」。これが、ズラタンに対する大方の評価です。
ズラタンは1981年に、ボスニア移民の子としてスウェーデンのマルメに生まれました。父親はボスニア人、母親はクロアチア人です。サッカーを始めたのは6歳のとき。10歳でアマチュアクラブのFBKバルカンに所属し、12歳以下の部で試合に出場しました。試合の前半、ズラタンがベンチを温めている間に、4対0と相手チームがリード。後半、試合に出場したズラタンは一気に8点を上げ、バルカンに勝利をもたらしました。その実力は相手チームを圧倒し、ズラタンは実は12歳以上ではないかと疑われ、出生証明書の提示を求められたほどです。
その後、地元に戻り15歳でマルメFFと契約。1999年にスウェーデンの国内リーグで12ゴールを上げ、その名をスウェーデン中に知らしめました。国際試合にも出場し、目覚ましい成果を上げるうちに、国外の有名チームの目に留まるようになりました。最終的に、ズラタンのサインを勝ち取ったのはオランダのアヤックス。契約金は、スウェーデン史上最高額の780万ユーロ(約12億円)に上りました。
2002年には、ワールドカップのスウェーデン代表メンバーに選ばれ、日本と韓国でもプレー。ユーロ2004では対イタリア戦で、「カンフーキック」とも呼ばれるヒールキックで伝説のゴールを披露しました。同年8月には、イタリアのユベントスに移籍。契約金は1900万ユーロ(約25億円)にまでつり上がりました。
2006年ワールドカップの欧州予選では、2005年10月に行われた対インテル戦で相手のファールを受けて負傷。スウェーデンのワールドカップ出場が危ぶまれましたが、幸いにも重傷ではなく、アイスランド戦で復帰。スウェーデンは予選突破を決めました。2006年のワールドカップでも、ズラタンの快進撃が見られそうです。
先ごろ、FIFAのワールドプレイヤー・オブ・ザ・イヤー30人のうちのひとりにも選ばれ、若くしてサッカー選手の最高峰に上り詰めたかに見えるズラタン。若干24歳ですが、サッカー歴は約20年にも及ぶベテランです。短気で攻撃的な気質は、若気の至りというよりも、自らのキャリアと技術に対する絶対的な自信の現れなのかもしれません。 
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